文化史一問一答
第1集|文明のはじまりの文化 — オリエント・インダス/旧石器〜古墳
世界史 14問
日本史 13問
文化史(美術・宗教・文字・建築)は、単元をまたいで問われやすい分野です。このページは毎日の一問一答の進みに合わせて増補していきます。コンテンツは生成AIを活用して制作しています。誤りにお気づきの際は、お問い合わせのフォームからお知らせいただけますと幸いです。
世界史の文化史(14問)
範囲:メソポタミア・エジプト・オリエント諸民族・アケメネス朝・インダス
1基本
メソポタミアの都市の中心に築かれた、日干しれんがを積み上げた階段状の聖塔を何というか。
解答を見る
解答:ジッグラト(聖塔)
解説:都市の守護神をまつる神殿の基壇で、ウルのものが有名。『旧約聖書』の「バベルの塔」伝説は、新バビロニアの都バビロンのジッグラトがモデルになったとする見方が知られる。
2基本
ウルクの王を主人公とし、大洪水の物語を含むメソポタミアの英雄叙事詩を何というか。
解答を見る
解答:『ギルガメシュ叙事詩』
解説:楔形文字の粘土板で伝わる現存最古級の文学作品。作中の大洪水の物語は、『旧約聖書』「ノアの箱舟」の洪水伝説との類似が指摘されている。ニネヴェのアッシュルバニパル王の図書館跡から標準版の粘土板が発見された。
3基本
古代エジプトで、死後の復活を信じて遺体に施された保存処置によって作られたものを何というか。
解答を見る
解答:ミイラ
解説:霊魂の不滅と死後の世界を信じたエジプト人は、復活の場となる肉体を保存した。冥界の王オシリスによる死者の審判の観念や『死者の書』(Day001既出)とセットで、エジプトの死生観として整理しておきたい。
4基本
ナイル川流域に生育する草の茎から作られた、古代エジプトの書写材料を何というか。
解答を見る
解答:パピルス
解説:英語の paper(紙)の語源となった。神聖文字(ヒエログリフ)が碑文などに刻まれたのに対し、日常の記録や行政文書はパピルスに神官文字・民用文字で書かれることが多かった。『死者の書』もパピルスに記された。
5基本
古代エジプトで最高神とされた太陽神を何というか。また、新王国時代にテーベの守護神と結合して呼ばれた名もあわせて答えよ。
解答を見る
解答:ラー/アメン=ラー
解説:ナイルの恵みをもたらす太陽への信仰はエジプト宗教の中心で、王(ファラオ)は太陽神の子とされた。新王国時代にはテーベのアメン神と結合したアメン=ラー信仰が栄え、その神官団の強大化がアメンホテプ4世の改革(Day001既出)の背景となった。
6基本
前1000年紀のオリエントで、アッシリアやアケメネス朝の時代に国際商業語・共通語として広く用いられたセム語系の言語を何というか。
解答を見る
解答:アラム語
解説:内陸中継貿易を担ったアラム人(Day002既出)の言語。アケメネス朝では公用語のひとつとして帝国の行政にも用いられた。アラム文字が東方の諸文字の母体となったこととあわせて、「言語と文字の両面でオリエントの共通基盤になった」と押さえる。
7基本
善の神アフラ=マズダと悪の神アーリマンの対立によって世界を説明し、アケメネス朝の王たちにも信仰された宗教を何というか。
解答を見る
解答:ゾロアスター教(拝火教)
解説:光(善)の象徴として火を神聖視したため拝火教とも呼ばれる。世界の終わりに善が勝利し、死者が審判を受けるという観念は、のちのユダヤ教・キリスト教の最後の審判の観念に影響を与えたとされる。
注意:開祖ゾロアスターの活動年代は前2千年紀末〜前6世紀まで諸説あり確定していない。「アケメネス朝時代に成立した」と断定せず、「アケメネス朝で信仰された」と押さえるのが安全。
8発展
ダレイオス1世が造営を始めた、アケメネス朝の儀礼用の都とされる遺跡を何というか。新年の祭儀の場とする説もある。
解答を見る
解答:ペルセポリス
解説:行政の中心スサ(「王の道」の東端・Day002既出)に対し、ペルセポリスは王権の儀礼の場とされる。各地の使節が貢ぎ物を運ぶ行列の浮き彫りが残り、多民族を包み込む帝国の統治理念を美術で表現したものと評価される。前330年、アレクサンドロス大王により破壊された。
9発展
モエンジョ=ダーロの城塞部で発見された、宗教的な沐浴に用いられたと考えられている大規模な施設を何というか。
解答を見る
解答:大浴場(沐浴場)
解説:焼きれんがを防水加工して築かれた約12m×7mの水槽で、インダス文明の計画都市(Day003既出)を代表する公共建築。用途は確定していないが、のちのインドで沐浴が重要な宗教行為であることから、儀礼用とする見方が有力。神殿や王宮が確認されていない点もこの文明の特色とされる。
10発展
アメンホテプ4世の時代に生まれた、それまでの伝統的な様式にとらわれない写実的な美術を何と呼ぶか。
解答を見る
解答:アマルナ美術
解説:遷都先テル=エル=アマルナ(Day001既出)にちなむ呼称。王家の日常を親密に描く浮き彫りや、王妃ネフェルティティの胸像に代表される。宗教改革が挫折すると美術も伝統様式へ戻ったが、その写実表現はツタンカーメン王墓の副葬品などに影響を残したとされる。
11基本
メソポタミアで発達した、月の満ち欠けに基づく暦を何というか。また、そこで用いられた、60を基準とする記数法を何というか。
解答を見る
解答:太陰暦/六十進法
解説:太陰暦は季節とのずれを閏月で調整して用いられた(太陰太陽暦)。六十進法は現在の時間の単位(60分・60秒)や角度(360度)に受け継がれている。1週7日の制度もメソポタミアに起源をもつとされる。ナイルの氾濫周期から太陽暦を生んだエジプト(Day001既出)と対で、「二つの暦」として整理しておきたい。
12基本
エジプトで測地術が発達した理由を、ナイル川の自然条件と関連づけて簡潔に説明せよ。
解答を見る
解答:ナイル川の定期的な氾濫のあと、流失した農地の境界を測り直す必要があったから
解説:氾濫は肥沃な土壌をもたらす恵みでもあり、その周期を予測する必要から太陽暦(Day001既出)が、農地の測量から測地術(のちの幾何学の基礎)が発達した。「エジプトはナイルのたまもの」(ヘロドトス『歴史』に由来する言葉・Day001既出)は、この恵みと文明の関係を言い表したものとして知られる。
13基本
バビロン捕囚からの解放後に確立した、ヤハウェを唯一神とするヘブライ人(ユダヤ人)の宗教を何というか。また、その教典をキリスト教側からの呼称で何というか。
解答を見る
解答:ユダヤ教/『旧約聖書』
解説:唯一神ヤハウェへの信仰を核に、ユダヤ人だけが神に選ばれたとする選民思想、救世主(メシア)の到来への待望、律法の重視を特色とする。バビロン捕囚(Day002既出)の苦難の中で信仰が深められ、帰還後に教団として確立した。「旧約」とは「神との古い契約」の意で、キリスト教の立場からの呼び名である点に注意。
14発展
ギザに現存する最大のピラミッドを築いた、古王国時代の王は誰か。
解答を見る
解答:クフ王
解説:ギザの三大ピラミッド(クフ王・カフラー王・メンカウラー王)の最大のもので、当初の高さは約147mと推定される。ピラミッド建設が盛んだったのは古王国時代(Day001既出)で、カフラー王のピラミッドのかたわらには巨大なスフィンクスが横たわる。動員された人々の組織的な労働と、それを可能にした王権の強大さを示す。
ほんものに会いに行こう!
この集に出てきたモノ、実は日本にいながら実物に会えるんです。東京・池袋の古代オリエント博物館は、日本で最初のオリエント専門博物館。メソポタミアやシリアの出土品を間近で見られて、楔形文字の粘土板も収蔵されています。実物は驚くほど小さくて、手のひらサイズの粘土板にびっしり楔形の記号が詰まっています。しかもその多くは神話でも文学でもなく、穀物や家畜を記録した「事務書類」。文字の発明を支えたのは詩人ではなく倉庫番だった——というのが考古学の見立てです。上野の東京国立博物館・東洋館では、国内で常時公開されている唯一の古代エジプトのミイラとされる「パシェリエンプタハのミイラ」に会えます。『死者の書』の死生観を、実物の前で考えてみてください。ガラス越しに向き合うと、「死後の復活を信じて肉体を保存した」という一行の重さが変わりますよ。展示は入れ替わることがあるので、おでかけ前に各館の公式サイトをチェック!(リンク集のページにも各館をまとめてあります)
日本史の文化史(13問)
範囲:旧石器・縄文・弥生・古墳
15基本
縄文土器の一般的な特徴を、焼成温度と器の厚さの観点から、弥生土器と対比して簡潔に述べよ。
解答を見る
解答:縄文土器は低温で焼かれ、厚手でもろい。弥生土器は高温で焼かれ、薄手でかたい
解説:見た目の縄目文様だけでなく、この焼成技術の対比が問われる。なお弥生土器も窯を用いない野焼きであり、「高温」は縄文土器との相対的な比較である。弥生土器は赤褐色で、壺・甕・高坏など用途別の器種分化が進んだ点も、貯蔵(米)を前提とする社会への変化として整理できる。
16基本
石の表面を磨いて仕上げた石器を何というか。世界史では、この石器の使用が始まった時代を旧石器時代と区別して何と呼ぶか。
解答を見る
解答:磨製石器/新石器時代
解説:打製石器(打ち欠いて作る)との対比で押さえる。日本列島の縄文時代は磨製石器・土器・弓矢を特徴とし、世界史の区分では新石器文化にあたる。
注意:岩宿遺跡などでは世界的にも古い局部磨製石斧が後期旧石器時代の地層から出土しており、「磨製石器=縄文以降」と機械的に覚えるのは不正確。
17基本
あらゆる自然物や自然現象に霊威(精霊)が宿るとする考え方を何というか。縄文時代の信仰の基盤にあったと考えられている。
解答を見る
解答:アニミズム
解説:土偶・石棒などの呪術的な道具や、抜歯・屈葬などの習俗(いずれもDay001既出)の背景にある観念とされる。自然の恵みへの祈りと畏れが一体になった信仰で、のちの日本の民俗的な神観念との連続性を指摘する見方もある。
18基本
縄文時代晩期に東北地方を中心に発達した、精巧な作りで知られる土器の様式を、青森県つがる市の遺跡名から何と呼ぶか。
解答を見る
解答:亀ヶ岡式土器
解説:薄手で装飾性が高く、漆を塗った例もある。同じ亀ヶ岡遺跡からは、雪中で目を守る道具に似た大きな目の表現をもつ遮光器土偶が出土しており、晩期の東北に高度な造形文化が栄えたことを示す。
19基本
弥生時代の青銅製祭器のうち、釣鐘形のものを何というか。その表面には、当時の生活を知る手がかりとなる絵が描かれたものもある。
解答を見る
解答:銅鐸
解説:近畿地方を中心に分布する(分布圏はDay003既出)。絵画銅鐸には脱穀・狩猟・高床の建物(倉庫とみられる)などの場面が線画で描かれ、文字のない時代の生活を伝える貴重な図像資料となっている。香川県出土と伝わる袈裟襷文銅鐸の絵画が有名。
20基本
古墳の墳丘に並べられた素焼きの土製品を何というか。また、そのうち人物・動物をかたどったものが現れるのはいつ頃からか。
解答を見る
解答:埴輪/古墳時代中期以降
解説:最初に現れるのは円筒埴輪で、家形・器財埴輪は前期(4世紀中頃)から、人物・動物埴輪は中期以降に加わる。葬送儀礼や首長の権威を示す造形とされ、武人や巫女の埴輪は当時の服装・武具を知る史料にもなる。
21基本
畿内を中心とする前期古墳から多く出土する、縁の断面が三角形で神仙や獣の文様をもつ銅鏡を何というか。卑弥呼が魏から与えられた鏡にあてる説もある。
解答を見る
解答:三角縁神獣鏡
解説:同じ鋳型で作られた同笵鏡が各地の古墳に分配されたように出土することから、初期ヤマト政権と各地の首長の結びつきを示すと考えられている。
注意:「卑弥呼の鏡」説には、中国本土からの出土例がないことなどから異論も強く、国産説も含めて確定していない。
22発展
新潟県の信濃川流域を中心に出土する、燃え上がる炎のような立体的装飾をもつ縄文時代中期の土器を何と呼ぶか。
解答を見る
解答:火焔型土器
解説:十日町市の笹山遺跡出土品は縄文土器として初めて国宝に指定された。実用の煮炊きに使われた痕跡もあり、「実用品でありながら過剰なまでの装飾をもつ」点が縄文文化の造形力を象徴するものとして注目されてきた。
23発展
古墳時代の呪術的な風習のうち、熱湯に手を入れさせ、ただれるかどうかで真偽を判定したものを何というか。
解答を見る
解答:盟神探湯(くかたち)
解説:『日本書紀』に記述がみられる神判の一種。鹿の骨を焼いて吉凶を占う太占(ふとまに)とあわせて、古墳時代の呪術的風習として対で問われる。政治や裁判が神意と結びついていた社会を示す。
24発展
福岡県宗像市の沖合に浮かび、4世紀後半から約500年間にわたり航海の安全を祈る国家的な祭祀が行われた島を何というか。2017年に世界文化遺産に登録された。
解答を見る
解答:沖ノ島
解説:宗像大社の沖津宮が鎮座し、鏡・金製指輪など約8万点の奉献品が手つかずのまま伝えられたことから「海の正倉院」とも呼ばれる。朝鮮半島との航路上にあり、ヤマト政権の対外交渉と祭祀が結びついていたことを示す。島全体が御神体とされ、現在も上陸は厳しく制限されている。
25基本
秋田県鹿角市にある、縄文時代後期の大規模な環状列石(ストーンサークル)で知られる遺跡を何というか。
解答を見る
解答:大湯環状列石
解説:万座・野中堂という二つの環状列石からなり、大きい万座環状列石は最大径約52mに達する。墓地や祭祀の場と考えられ、集落から離れた場所に築かれていることから、複数の集団が共同で営んだとみられる。2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つとして世界文化遺産に登録された(三内丸山遺跡・Day001既出と同じ遺跡群)。
26基本
縄文時代に装身具の材料として珍重され、新潟県糸魚川周辺の産地から各地へ運ばれた宝石を何というか。
解答を見る
解答:ヒスイ(硬玉)
解説:大珠(たいしゅ)と呼ばれる装身具などに加工され、東日本を中心に広く分布する。産地が糸魚川周辺(姫川流域)にほぼ限られるため、黒曜石(Day001既出)やアスファルトと並んで、縄文時代の遠隔地交易を示す代表的な物資とされる。三内丸山遺跡でも出土している。
27基本
弥生文化が及ばなかった北海道と南西諸島では、食料採取に基づく文化がその後も続いた。それぞれの文化を何と呼ぶか。
解答を見る
解答:北海道=続縄文文化/南西諸島=貝塚文化
解説:水稲耕作は気候などの条件から北海道には広がらず、南西諸島でも本格化しなかった。同じ時期の列島に稲作の文化と採取の文化が並存したことは、「弥生時代」への移行が列島全体で一様に進んだのではないことを示す。北海道の続縄文文化は、のちに擦文文化へと移り変わっていく。
ほんものに会いに行こう!
縄文は、現地で「風景ごと」見るのがおすすめです!青森の三内丸山遺跡では大型掘立柱建物や竪穴住居が復元されていて、併設の施設で出土品も見られます。秋田・鹿角の大湯環状列石は、環状列石のまわりを実際に歩けます。どちらも世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産で、見学環境もばっちり。ヒスイのふるさと・新潟県糸魚川市では、フォッサマグナミュージアムでヒスイの原石に会えますし、長者ケ原遺跡ではヒスイ加工のムラの跡も歩けます。そして国宝の火焔型土器(笹山遺跡出土)に会うなら十日町市博物館へ!写真で知っているつもりの土器も、実物の前に立つと大きさと造形の迫力がまるで違います。現地に立つと、集落はどこ?お墓はどこ?水場は?——と、立地そのものを体で確かめられます。設問の一行一行が、風景として立ち上がってきますよ。
高校歴史探究・教科書レベル準拠|文化史 第1集